バックグラウンドがそれなりにあったので、サクサク読めた。
個の変容を、「社会変化の本質をマクロに俯瞰的に理解したい」と考える梅田氏に対して、「人間一人ひとりのディテールをミクロに見つめること」によって個の変容を考えようとする平野氏の対比が様々なテーマにおける対談で浮き彫りになっているのが面白かった。
印象深い件:
・『情報は流しそうめん』の外部記憶に関する話。
平野氏:・・・でも教養って、要するに記憶の部分でしょう。内部記憶(つまり自分の脳みそ)に何を入れて、どう組織化するかという問題ですね。人間の頭に入りきれない記憶の容量の大部分がネットの世界にあるというのは、確かにそうだと思うんです。ものを考えるときに、その脳内記憶にアクセスするか、外部記憶(つまりネット)にアクセスするかということなんでしょうね。
結構前から、情報が爆発的に増える環境で自分のメモリに入れておくべき情報ってどういうものを選べばいいんだろうと考えていたから、こういう話が出てきてちょっと面白かった。
あと、攻殻機動隊を思い出した。外部記憶とかそのまんまじゃん。
・『ウェブ時代の教養とは』の話。
これも昔から色々考えてたことだったから面白かった。
情報の洪水の中から有益な情報をピックアップして、その情報を構造化する能力に長けていることがこれからの教養になるのかなーと漠然と思っていたけど、2人の見解は、ウェブ時代が到来しても、教養の根幹は変わらないということだった。
なるほど。
でも、そのことに気付ける子供(気付かせる立場である教師)ってどのくらいいるんだろう?
